小さな図書館のものがたり

旧津幡町立図書館の2005年以前の記録です

「センス・オブ・ワンダーの図書館」と呼ばれていた旧津幡町立図書館。2001-2005年4月30日までの4年間、そこから発信していた日々の記録「ひと言・人・こと」を別サイトで再現。そこでは言い足りなかった記憶の記録が「小さな図書館のものがたり」です。経緯は初回記事にあります。

「100年のアトリエ」より

図書館の広々~したへやに六人、
離ればなれの座席、
みんなの声に耳を澄ませながら、
図書館での久々の読書会「詩をたのしむ」。
(先月、先々月はスウさんの紅茶で読書会)
昨日も、心揺さぶるステキな詩たちに出逢いました。

まど・みちおさんの詩もありました。
やさしく、ユーモアに満ちた
100歳を生きぬいた方の言葉には、
宇宙があり、ものごとの核心に迫るものがありました。
* * *

《100年のアトリエ 画家/野見山暁治》(1月6日放映)~
無言館窪島誠一郎さん~水上勉さん~

不思議な小さな旅でした。
そしてぐるりと一回り、再び、野見山暁治さん。

…今中先生は絵が好きでね。
先生はとにかく絵を描く僕が可愛くてしようがないんだよ。
それがひしひしとわかって嬉しいのね…

野見山さんがいかにも幸せそうな表情を見せるのは、
小学校六年のときの担任、今中先生との思い出を語るとき。
わずか一年間の担任なのに、未だに忘れられず、慕い続ける。

僕を美術学校へ行かせたいばかりに、
中学へ行けよと、中学校の問題を教えてもくれたと、
100歳の野見山さんは嬉しそうに語るのです。

《100年のアトリエ》の
心にとまった言葉をメモしました。

~・~・~・~
僕の中に「これ」というものがあって、
それをみんなに引っ張り出して見せたくて、、、

波の音を聴いていると時間がどうでもよくなるね

なんかねぇ、途方に暮れてるの

普通の当り前の平凡なことを
だんだん歳を取ってくると思うようになる

亡くなった女房についてずいぶん優しい思いでいたけれど、
今になってみたら僕はひどい男だと思うようになった

今にして思えば、
何かやっぱりひとつ大事なものが欠けていたような気がする

人間というのはこの世の舞台
舞台に現れて踊って消えていくまで、それが非常に面白い

不幸だと思ってもその時の不幸の役をやって、
一幕終わって次の幕の時はもっと違うんだから
そうなってみると、
あのとき困ったことも嬉しかったことも
幸不幸なんて別に作り話だなと

どんなに辛くても
どんどんどんどん辛くなくなってきた
楽天的になってきた
ああ、みんな芝居の脚本通りじゃないかと

~・~・~・~

2007年~2017年、金沢21世紀美術館の館長だった
秋元雄史さんが、百歳記念展覧会の出品作を
一緒に選ぶ作業も愉快でした。

尋ねられて
「どっちぃ?」
ご自分でもどっちが上だかわからない絵。

白内障の手術後の絵もあった。
こんなかと思うくらい新鮮に見えると感激して
「今後は凄いことになるなと思ったら、、、
ひと月も続いたら、慣れて元通り」

筑豊の炭鉱、ボタ山、、、育った土地の絵。

旧津幡町立図書館の記録「ひと言・人・こと」はこちらです。