**1983年の日記の中より**
☆1月1日晴
「午前祝辞を記する。日本弁護士連合会人権擁護委員会宛。午後本、新聞読む。一時間ほど室内体操行なう。昨夜は一時頃眠って今朝七時三十分に起床した。監獄の元日の挨拶でも「おめでとう」と言うんですよ、ちょっとてれながらね。朝食は餅。昼と夕は白米。リンゴ一、みかん二、折詰め一、今日は、以上のご馳走が出た。元日に痛感したことは、ただ見ているだけの生活に甘んじては人間の尊厳はないということであった。要するに、すべて積極性を持って改革してゆかなければ周囲は良くならないのである。
本年はわれわれの勝利の途が完全に切り拓かれる。会の存在が私を支え、日々の生活に絶大な希望を与えてくれた。監房で彷徨と混迷に襲われるとき、いかに強力な闘魂と意志を夢から覚まして初動ステップを促してくれたことか。闘争は今、一瞬一瞬のわれわれの努力が結果を生む段階に分け入った。」
☆1月30日晴
「…他者が犯した悪事を私が知るわけがない。供述調書とされているものは、「これならお前だってやれるはずだ」と。調べ官が言って捻出したものだ。私は、過度の衰弱からもうろうと、ただうずくまっていただけだ。他の人が「ああやれるともやれるとも」といったのだ。私は狙われた。一部の悪魔に一部の分別のない者に。世間の人々は完璧に分別するのに、何故に私は意識を失い分別をなくしたのか。「ああ頭が爆ぜる、頭が爆ぜる」。ありのままを申し述べると、どなられ小突かれるから、口があっても物言えぬから、鼓膜が破れる程に終日どなられるから、頭の奥が爆ぜる。常に私は意識なく、分別なく調べ室に引き出される。血がにじみぐらぐらする。階段を引かれ押されて昇り、降りて行く。」
☆2月8日晴
「…息子よ、どうか直く清く勇気ある人間に育つように。すべて怖れることはない、そして、お前の友だちからお前の父さんはどうしているのだと聞かれたら、こう答えるがよい。僕の父は、不当な鉄鎖と対決しているのだ。古く野蛮な思惑を押し通そうとする、この時代を象徴する古ぼけた鉄鎖と対決しながら、たくさんの悪魔が死んでいった、その場所で(正義の偉大さを具現しながら)不当の鉄鎖を打ち砕く時まで闘うのだ。
息子よ、お前が正しい事に力を注ぎ、苦労の多く冷たい社会を反面教師として生きていれば、遠くない将来にきっとチャンは、懐かしいお前の所に健康な姿で帰っていくであろう。そして必ず証明してあげよう。お前のチャンは決して人を殺していないし、一番それをよく知っているのが警察であって、一番申し訳なく思っているのが裁判官であることを。チャンはこの鉄鎖を断ち切ってお前のいる所に帰っていくよ。…(略)…しかし、チャンは主観、客観いずれも不動な真理を押し通すことができず、このザマになってしまっている。権力の利己心はいつまでも、空恐ろしく、人間として考えてみれば残念至極だ。」
☆3月11日晴
「自然の加護を受けて花を咲かせたものと想像される雑草は、全人類が自らコントロールできるものより、はるかに気高く精巧なものに思われる。花にしろ動物にしろ、人のために加えられた物には、いやらしさがある。それは、残酷な形で表される。痛みがないとは言え、人間は花を切り取ることを、思いまどう人は少なくない。また、当たり前に苦痛を覚えるはずの猫の尾を切る人もいる。これらは人のエゴがさせる汚点ではないか。個人が満足するために、植物、動物、同胞に苦痛を強いてはならぬ。」
☆4月18日晴
「午前九時半頃運動場に出る。歩きながら日光にあたる。運動場の傍の桜の花は七分が散ってしまっていた。帰房、拭き掃除、本読む、昼食、午後一時から食器洗い。控訴審判決を読んで調査事項を検討する。本件のネズミ色スポーツシャツに存在するという穴の大きさが記載されていない。何かその辺に隠されているのではないか、新証拠が。
獄庭のたんぽぽが昨日の雨を嫌っていっせいに花弁を閉じてしまった。私は見ていて不気味さを覚えた。自然の摂理にこれほどはっきりした行動をもって挑むものが雑草の中にあるのか。これほどの対処性は動物のものと思えてならない。普通花というものは雨に打たれて術なく、その生を散らすものである。このたんぽぽは、自分をよりよい花として完成させる目的を持っているようだ。今朝は閉じていたが、日が当たったら昨日より今日は、パッと咲いた。自ら理想に向かっていた。」
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1982年の日記には、月を眺める袴田さん。
私もその月を見ていたのかもしれない…胸がしめつけられるようです。
「…昨夜八時頃獄窓から覗くと、南東の上空にお月さんが上って来ていた。…月光は何故か私に希望と安らぎを与えるものである。それはあの月を娑婆でも多くの人が眺めていると思う時、月光を凝視することによって、その多くの人と共に自由であるからである。今夜は雨で月は見られない。…」
「…寝ようと思って獄窓によると南の上空にお月さんが橙色の光を放っていた。久し振りに見るお月さんに私は誰にもいえぬ46歳の憤りと、いまにみていろ出ていってやるから、という正義の気魄の躍動を両足で支え、希望を見て笑ったはずなのに、いつものお月さんがぼやけて目に映える。涙なんか今は無用なんだ。…」
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31年前の出版本ですが、お近くの図書館にあるかもしれません。
ぜひ多くの方に手にとっていただきたいと願います。
図書館はこんな時こそ頼りになれる存在です。
もし地元の図書館にない場合は、
図書館間の相互協力、相互貸借のしくみで、
他館から手に入れることができます。
◎ご参考までに【横断検索】で各館の所蔵状況を調べてみました。
所蔵されている図書館は80館近くありました。
そのうち、都道府県立図書館は20館でした。
(青森県、宮城県、栃木県、埼玉県、千葉県、東京都、岐阜県、静岡県、愛知県、大阪府、滋賀県、鳥取県、広島県、和歌山県、鳥取県、広島県、愛媛県、高知県、徳島県、大分県)
また、どの図書館にも所蔵されていなかったのは10県。
(秋田県、山形県、群馬県、福井県、京都府、奈良県、佐賀県、長崎県、宮崎県、沖縄県)