小さな図書館のものがたり

旧津幡町立図書館の2005年以前の記録です

「センス・オブ・ワンダーの図書館」と呼ばれていた旧津幡町立図書館。2001-2005年4月30日までの4年間、そこから発信していた日々の記録「ひと言・人・こと」を別サイトで再現。そこでは言い足りなかった記憶の記録が「小さな図書館のものがたり」です。経緯は初回記事にあります。

『広島原爆の手記~亡き妻への手紙』~田中煕巳さんの言葉

https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2025/08/05/163814
で触れた、小倉豊文さんの原爆の手記を読みました。

核の脅威、原爆被害については
私なりに知っているつもりでしたが
まだまだ自分のこととして
わかっていなかったこと思い知らされました。

また、小倉氏が、
宮沢賢治の著名な研究者であることも
初めてこの本で知りました。
夫人のお葬式は「宮沢賢治葬」でした。


***

井上ひさしさんが手にしていた
『広島原爆の手記-亡き妻への手紙』(八雲井書院)
福井県立図書館蔵)

・数枚の写真と《原爆症で死んだ妻の絶筆》
「一年生のようにたどたどしい」鉛筆書きの
写真があります。


☆「戦争の証言」シーリーズに収められた
ヒロシマ-絶後の記録-広島原爆の手記』(太平出版社)
石川県立図書館蔵)

・本文内容は同じですが、写真はなく、
用語・用字が現代のものに変えられています。

***

1945年11月10日から
1946年8月6日の13の手紙は

「文子――。」と

亡くなった妻にあてて
語りかけています。


 【目次】

序 「平和への燈」(高村光太郎

まえがき 「残された恐怖」への念願

一信  雲と光のページェント
二信  爆風と熱波
三信  原子爆弾  
四信  焦熱の死都
五信  母子叙情
六信  妻子を探して
七信  めぐりあい
八信  八月八日
九信  爆心地
十信  「軍都」の最期
十一信 原子爆弾
十二信 残された恐怖
十三信 考える人


原爆などと夢にも知らず、たまたまやや遠方にいた著者は投下直後の光景を「雲と光のページェント」などと、むしろ奇怪な壮美感に打たれたのですが、

 

“歩くにしたがってますます頑固に「見ざる」「聞かざる」「話さざる」の「三ざる主義者」になりさがり女の死体に手を触れてからは、もうひとつ「さわらざる」を追加して「四ざる主義者」にまでなってしまった。”

 

街中に近づくにつれその惨状に驚愕し、いたるところで悲劇を目にします。

 

“…三つか四つくらいの男の子が、小さなあきかんに水を入れてヨチヨチ近づいてきた。
それはほんとにままごとをやっている子供のようにしかみえなかった。子供はおれのすぐ目の前の一つの「生きた屍」の顔のところにくると、ピョコンと腰をまげて、持ってきたあきかんの水をその口に流し込んだ。そして、全部流しこんでしまうと、また立ちあがって水を汲みに歩き出した。…子供はヨチヨチ向こうに歩いていく。ほんとにままごとのお使いのようにしか見えぬ無邪気さで―。”

 

十三信「考える人」には、高村さんとのやりとりもありました。

“おまえの生前に、おれは何度も読んできかせたはずだが、このごろ、ことにしみじみ味あわされるのは高村光太郎氏の「根付の国」という詩だ。


「頬骨が出て、唇が厚くて、眼が三角で

・・・・・ ・・・・・ ・・・・・

・・・・・ ・・・・・ ・・・・・」


ほんとにこのとおりなのが今までの日本人だ。だが、こう歌った高村さんですらが、協力会議の議員になったり、翼賛会に関係したり、させられたりしていたのだ。あの、ロマン・ロ-ランが好きで、日本人ばなれしている高村さんですらね……。去年の冬、花巻郊外の山の中に、数尺の雪をかきわけて、久しぶりに訪ねていって、しみじみ話し合ったことだが、こうなると、こんどの敗戦は、日本人の不可避の運命だったとも考えさせられるよ。高村さんも「あやまるべきはあやまります」と悲痛な顔をしていた。”  

 

その高村さんの巻頭の序文です。

「豆ラムプの光の下で、小倉豊文氏の『絶後の記録』を読みおわつて、私は何だか頭の中がきなくさいようになり、自分がこんな静かな山の中の小屋に住んでゐるのをむしろ夢幻のようにさえ感じた。翌日の夜また読みかえし、その後また読みなおして、しんから此の実感のあふれた記事の真相に心をゆすぶられた。甚だ素朴な書き方で、氏自身の体験が端からつぎつぎと記録されてゆくうちに、この火薬庫爆発かと思つたものが、世界に於ける前代未聞の爆裂であると分かつてくる物凄さは、まつたく私を戦慄させた。所謂原子爆弾症に仆れた夫人の事に筆が及ぶと殆ど卒読に堪えない思がした。この多くの無惨の死者が、もし平和への人類の進みに高く燈をかかげるものとならなかつたら、どう為よう。この記録を読んだら、どんな政治家でも、軍人でも、もう実際の戦争を
する気はなくなるであらう。今後、せめて所謂冷たい戦争程度だけで戦争は終るようになつてくれなければこの沢山の日本人は犬死になる。この本をよく読んで世界の人々に考えてもらいたい。 (一九四九年二月  高村光太郎) 

 

***

NHK「アカデミア」で
日本被団協代表委員の田中煕巳さん(93歳)が
語っていた言葉が浮かんできます。

“これからはみなさんたちの世界。
自分たちの未来が核で脅かされていることを知ることが大事。
被爆者の経験が現実にあったものと理解し、
その経験は今も起こることを知ることが大事である。”


若い人からの質問にも明快に答えていらっしゃいました。

Q:核抑止を主張する人と対話するには?

A:第一に人道に反する兵器であり、国際的にも違法である。
そういう兵器をもって戦争に備えること自体、大きな矛盾。
矛盾している兵器を持つことは間違いであることが大前提である。
抑止力を立派な理論のように言っている人たちの間違いをきちんと
言った方がいい。抑止力というのは最終的には使うということ。
使ったらどうなるかを知っておかなければならない。
考えなければならない。
抑止力は成り立たない。


Q:被爆者の思いを引き継ぐため若い世代に必要な意識は?

A:話を伝えればいいと思わない。
核をなくさなければいけないという気もちを持つことが大事だ。
気もちを持つために経験に耳を傾けてみようということでなければならない。
核兵器をなくすことを実行してほしい。
「継承する」という捉え方を取り払った方がいいかもしれない。

核兵器をなくすために何をしなければいいか。
核兵器がどういう状況を引き起こすかを知らなければならない。
普通の爆弾とどう違うのか。
なくさないと、自分たちの将来は真っ暗になることを
若い人たちが話し合ってほしい。

旧津幡町立図書館の記録「ひと言・人・こと」はこちらです。