今日の午前中は、婦人テニスの室内練習。
午後からは、保阪正康さんが語る「佐多稲子」を
少しパソコンにまとめました。
夕方、再確認しようとしてドキュメントを開くと…?
ない!これまで折に触れて記録しておいたあれやこれやも
パソコンから消えて、呆然!!
いったん閉じようとした時、突然、古いドキュメントメモが現れて
「保存しますか/キャンセルしますか」みたいなことを尋ねるので
わからないままに選択したのが大失敗でした。
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NHKアーカイブス平成3年(1991年)86歳の佐多さんを見つけました。
あの人に会いたい「佐多稲子」(3分ほどです)
https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009072261_00000
(一昨日のラジオ番組と重なる内容です)
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以下は、メモした保阪さんの言葉
↓
佐多さんは困難の多い道を歩んできた方だと思う。
しかし決して手放さなかった文学、
その文学によって佐多さんは自分の存在を歴史の中に刻んだ。
貧しさに押しつぶされそうになったり、
権力の弾圧を受けたり、社会に翻弄されたりした人生だったが
そうした逆風の中でもプロレタリアの旗を掲げて書き続けた。
だけども必ずしもそれを貫けられなかったというような
悔しさというものがお話の中にでていた。
彼女の言葉の中にあった
「自由にものが言えるということを大事にしたい」
これはものの言えなかった時代を知るからこそ
その貴重さが骨身にしみてわかるという意味なんですね。