小さな図書館のものがたり

旧津幡町立図書館の2005年以前の記録です

「センス・オブ・ワンダーの図書館」と呼ばれていた旧津幡町立図書館。2001-2005年4月30日までの4年間、そこから発信していた日々の記録「ひと言・人・こと」を別サイトで再現。そこでは言い足りなかった記憶の記録が「小さな図書館のものがたり」です。経緯は初回記事にあります。

点字で書いた日記(その一)

人知れず図書館の書庫に眠る本を紹介するのは、
その本に関わった者の仕事であるような気がしていて、
いつかその物語を紹介しなくてはと考えていました。

「文字は…光に」(7/20)
「手さぐりの子育て日記」(10/11)
が、その気持ちを後押ししてくれました。

それは、下道綾子さん(金沢市)の

『わが恵みなんじに足れり~点字で書いた日記』
(1997.12.25発行/非売品/アート企画印刷)

* * *

本に添えられてきた「挨拶文」は、
見返しのところに挟んであります。

「…このたび点字で書いたありのままの生活記録を
活字図書として出版いたしましたのでお贈りさせて
いただきたいと存じます。…とかく自伝的な図書は、
自慢話が多く、都合の悪いところは省略してあると
言われていますが、私の場合、読まれる方々に
少しでもご参考になる点があればと思い、恥じ話や、
失敗談もありのままに載せておきました。この本が
一般の多くの方々にお読みいただければ幸いです…」

~ ・ ~ ・ ~ 

扉には、聖書の「ことば」

「わが めぐみ なんじに たれり
てんじで かいた にっき  したみち あやこ」

と、点字とひらがなが併記されています。

~ ・ ~ ・ ~ 

「六歳で母を、十五歳で父を亡くし、不自由には慣れていたが、
突然の失明はどうして生きて行ったらよいのか、
大学眼科の病室で死ぬことしかどうしても考え付かなかった。
しかし、見えなくなってからでは遅いのだった。
目が見えないというのは、足も悪いという事になる。
好きな所へ歩いて行く事も出来ないのだった。…」


結核性網膜出血という病気で20歳で失明した下道さんが、
点字と出会ったのは昭和23年、盲学校の寄宿舎での夜。
トントン、トントンと、部屋の隅から聞こえる軽快な音が
聞こえてきた…


「あれは何でしょうか」
点字を書いているのです。あの人は、日記を付けて
いるのです」

…傍らの友は、そう教えてくれた。私は幼い時から本を読むのが
好きだった。失明して、もう本は読めないのだと思った。
しかし、盲学校へ来て点字を知った。目が見えなくても、
本が読める。友等は「古今集」や「風と共に去りぬ」を
読んでいるではないか。大きな感動に胸を弾ませ、その本を
手に取って見た。どれが、どの時か、さっぱり分からない。
こんな難しい物が読めるようになるだろうか。
また、新しい不安が心を暗くした。…」

~ ・ ~ ・ ~ 

点字と出逢ったことで、小説以外にも、心理学、
育児書、童話など点字図書館から借りては読む。
山梨ライトハウスから回覧される婦人公論や婦人倶楽部、
点字月刊誌「点字の友」や「黎明」、、、

見えていた時は読まなかったノーベル賞受賞作品、聖書も
読むようになった。失明の苦しみが、読書のみならず、
短歌、俳句、川柳、文章を書く楽しみを教えてくれたという。

点字を読み、点字を書く。

文学方面だけではない。編み物や裁縫、生花も楽しむ。
姑さんに尽くし、マッサージをして、
三人のお子さんたちを立派に育てる一方、
福祉活動、婦人部活動にも積極的に参加する。

昭和55年10月18日の日記には、
点字図書館主催で、完成したばかりの手取ダム見学。
ボランティアさんとの気もちの通い合いも清々しかった。

~ ・ ~ ・ ~ 

「…湖底に沈んだ白峰村の桑島等はそっくり鶴来町へ移ったとか
聞いている。白峰という二字から受ける印象は平家の落ち武者が
隠れ住んだという気がするから不思議である。看護婦をしていた
頃、白峰村から来ていた患者がいて夏でも涼しい話等聞かされ、
行く機会が無いでもなかったのに、関心がなく、今思えば惜しい
ことをした。白山を知る機会を逸したのである…」

「私のパートナーは朗読奉仕者だった。控え目で細かいところまで
気を配っていると伝わってくるのだった。完成した建物の中に
入って、どのように説明すれば感じ取って貰えるだろうか。
言葉の貧しさをつくづく思う等とおっしゃるだけで有難く思った。
この白山水系の手取ダムに集まった水が石川県民を養うのである。」

* * *

「…何らかの形で役立つ人間になりたい。そういう想いが心の
隅にあって、こんな未熟な文章でも、何らかの参考になるところ
があれば、これに過ぎるしあわせはありません。…」
こんな下道さんの長年の願いがかない、ようやく、
墨字本として出版できたのでした。

自費出版の本には、
著者やご家族の深い想いが込められている。
面白いとか、うまいとかのレベルを超えた、
純粋で、切ない想いに共鳴する。
ましてや点字で書かれたという日記!

本が届いたその夜、私は図書館にひとり残り、
637ページの分厚い本を開きました。
ほんの数ページだけ目を通すつもりで、、、
ところが、、、

幸せなはずの家庭に降ってわいたようなご主人の浮気、
家庭裁判所、離婚調停、、、ため息つきたくなるような、
眩暈しそうな波乱の人生を、それでもたくましく
生きる綾子さん、優しいお子さんたちの姿に心動かされ、
とうとう、最後まで一気読みしてしまった本でした。

旧津幡町立図書館の記録「ひと言・人・こと」はこちらです。