小さな図書館のものがたり

旧津幡町立図書館の2005年以前の記録です

「センス・オブ・ワンダーの図書館」と呼ばれていた旧津幡町立図書館。2001-2005年4月30日までの4年間、そこから発信していた日々の記録「ひと言・人・こと」を別サイトで再現。そこでは言い足りなかった記憶の記録が「小さな図書館のものがたり」です。経緯は初回記事にあります。

県内で自生の「ムジナモ」発見

NHK朝ドラが、大好きな牧野富太郎さんを主人公にしているので、時々見るようになりました。
折も折、「牧野富太郎博士ゆかりの水草ムジナモ(絶滅危惧IA類)国内自生地を発見」のニュースが流れました。その国内唯一の「自生地」というのが石川県内の農業用ため池。1890(明治23)年、日本で初めて牧野博士が発見したムジナモは、池の埋め立て、水質悪化で、1960年後半までに「野生」消失したとされる絶滅危惧種。そのため池には、推定9560個体が生育しているとのことです。

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青空文庫に牧野博士の「ムジナモ発見物語り」(底本:「日本の名随筆94 草」作品社/1990(平成2)年8月25日第1刷発行、2000(平成12)年4月20日第6刷発行)があります。とても面白いのでご紹介します。
   
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「じつとしていて静かに往時を追懐してみると、次から次に、あの事この事と、いろいろ過去の事件が思い出される、何を言え九十余年の長い歳月のことであれば、そうあるべきである筈なのである。

 しかし、ふつうのありふれた事柄は、たとえ実践してきた自身のみには、多少の趣きはあるとしても、他人には別にさほどの興味も与えまいから、そこで私はその思い出すものが、広く中外の学界に対して、いささか反響のあつたことについて回顧し、少しくその思い出を書いて見ようと思う。それは、時々思い出しては忘れもしないムジナモなる世界的珍奇な水草を、わが日本で最初に私が発見した物語りである。

(中略)

ムジナモは「貉藻」の意で、その発見直後、私のつけた新和名であつた。即ちそれはその獣尾の姿をして水中に浮んで居り、かつこれが食虫植物であるので、かたがたこんな和名を下したのであつた。
 このムジナモは緑色で、一向に根はなく、幾日となく水面近くに浮んで横たわり、まことに奇態な姿を呈している水草である。一条の茎が中央にあつて、その周囲に幾層の車輻状をなして沢山な葉がついているが、その冬葉には端に二枚貝状の嚢がついていて、水中の虫を捕え、これを消化して自家の養分にしているのである。故に、根は全く不用ゆえ、固よりそれを備えていない。また、葉の先きには四、五本の鬚がある。
 
 前に書いたように、明治二十三年五月十一日にこのムジナモが発見せられた直後、私はこの植物のもつとも精密な図を作らんと企てた時に当つて、不幸にして私にとつては甚だ悲しむべき事件が、私と矢田部教授との間に起つた。
 その時分、私は「日本植物志図篇」と題する書物を続刊していたが、にわかに矢田部氏が私とほぼ同様な書物を出すことを計画し、私は完然植物学教室の出入りを禁じられてしまつた。
 
 その時は、まだ私が大学の職員にならん前であつたが、どうも仕方がないので止むを得ず、私は、農科大学の植物学教室に行つて、このムジナモの写生図を完成した。後に、それを「植物学雑誌」で世界に向つて発表した。そして、このムジナモはわが国の植物界でも極めて珍らしい食虫植物として、いろいろの書物に掲げられて、日本でも名高い植物の一つとなつた。
 
 ここに、このムジナモに就て、特筆すべき一つの事実がある。それは世界に向つて誇つてもよい事柄である。即ち、それはこの植物が、日本に於て特に立派に花を開くことである。私はこれを、明瞭に且つ詳細に私の写生図の中へ描き込んで置いた。
 どうした理由のものか、欧洲、インド、濠洲等のこのムジナモには、確かに花が出るには出るが、一向にそれが咲かないで、単に帽子のような姿をなし、閉じたまま済んでしまう。ところが、日本のものは、立派に花を開く。」


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牧野富太郎の植物図鑑』(植物監修・保谷彰浩(たんぽぽ工房)/三才ブックス/2023.4.1)に、蒔絵筆で丹念に描かれた精密なムジナモの図とともに、この「牧野式植物図」の確立に非常に貴重な図になったとされる「ムジナモ」の“準備”図が掲載されています。

「小岩村にて 花の見取り図/July 27,1891」の右に記載された内容を、拡大鏡の助けを借りてなんとか読みとりました。

―明治廿四年1891七月二十七日に自分独り武州岩村に出掛け折柄晴天にてムジナモの花が丁度開いてゐたのを 実地で沼に臨んでスケッチ(鉛筆で)したのが左の図であった。そして東京でそれを清写した。昭和廿七年から正に六十一年前で我が年三十歳の時である。―

「明瞭に且つ詳細に写生図に描き込んで置いた」の博士の言葉には、日本産ムジナモへの並々ならぬ愛の深さが感じられますねぇ。今回のことをきっと喜んでいらっしゃることでしょう。見つけた西原昇吾講師は、金沢大学医学部在学中から20年以上にわたって、水生昆虫などの調査のため北陸地方の地域に存在する小規模な農業用ため池での現地調査を行っていらっしゃたところ、昨年10月、ムジナモと思われる水草を発見。標本の精査、遺伝解析などを経て、ムジナモであることが確認されたとのことでした。

夏になったら、りっぱな花が開きますように。

旧津幡町立図書館の記録「ひと言・人・こと」はこちらです。