小さな図書館のものがたり

旧津幡町立図書館の2005年以前の記録です

「センス・オブ・ワンダーの図書館」と呼ばれていた旧津幡町立図書館。2001-2005年4月30日までの4年間、そこから発信していた日々の記録「ひと言・人・こと」を別サイトで再現。そこでは言い足りなかった記憶の記録が「小さな図書館のものがたり」です。経緯は初回記事にあります。

30年の『絵暦』出版に敬意と感謝をこめて

長らく愛用してきた
武生ルネサンス出版部発行の旧暦の「絵暦」、
2月9日を最後にとうとう
我が家の玄関から姿を消しました。


高校時代からの友人、三木世嗣美さんから
時節になると届いた絵暦でしたが
30年目を節目に終刊となりました。

経本仕立ての縦20㎝、横10㎝、
ケースに広げて立てると幅20㎝。
僅かなスペースでしたけれど
「文化」を感じるコーナーでした。

***

「…世界中の人が見上げる宙に境界はありません。地上ではいつもどこかで境界線の取り合いによる争いが行われていたりして心痛みますが、そんな時こそ宙を眺めながらゆったりとした気持ちで…」とあとがきに写真を担当された林昌尚さん。

 

最終回のテーマは『越前の宙(そら)篇』。
宇宙を感じさせる漆黒の和紙の表紙に
空色の「絵暦」の文字デザインの美しいこと!


1992年「武生の文化を考える会」が発足して、
シンポジウム、学習会、観察会、鑑賞会など
多彩な活動を繰り広げる中、出版事業では、
一年かけて絵暦の企画、編集が繰りかえされ
11月23日の勤労感謝の日には集まって
組み立て、ケース入れ作業に精を出される由。

絵暦の写真、
三木さんの名解説文も紹介されています。

↓ ↓ ↓

武生ルネサンスHP
http://takefuren.server-shared.com/
武生ルネサンス通信
http://takefuren.server-shared.com/rens-reikai.html

 

高校の同窓会誌掲載文もありました。
「惜しまれて消えゆく越前の古建造物」
http://takefuren.server-shared.com/mikiessay.htm 

読書会メモ②〈詩をたのしむ〉

*読書会メモ②*

〈詩をたのしむ〉2月8日

きもちが少しでも明るくなれるようにと
先月に続いて元気カラーの真っ赤な服のスウさん、
金沢から電車に乗って来てくれるきりりんさん。
今日は三人です。


被災地のこと、政治のこと、
あれやこれやのつもる話の中で
「セクシー田中さん」を知りました。
あの『天上の葦』の太田愛さんの近刊
『未明の砦』のことも教えてもらいました。
イラン・パぺの『パレスチナ民族浄化』は
まだ届かないらしい。


さて、今日の読書会のために
きりりんさんが選んできてくださったのは
二冊の詩集。


☆2年前に出版の谷川俊太郎さんの『虚空へ』
88編の十四行詩。

 

言葉の余韻、ゆったりした余白、不思議な世界。

あとがきには「今の夥しい言葉の氾濫に対して
小さくてもいいから詩の杭を打ちたい」と。

有ると無い、気配、うん、わかるわかる~!
と触れたとたんに、するりと身をかわされ
顔を見合わせたたずんでしまった三人。


☆『生きていてほしいんです―戦争と平和
(編集:谷川俊太郎・田中和雄/2009)

 

童話屋さんのポケット版のこの【詞華集】には
谷川さんの反戦詩を母体にして
茨木のり子石垣りん、、、小学生や
フォークソングなど41篇

「この小さな詞華集が、
21世紀の平和に少しでも貢献することを
願ってやみません」と田中和雄さん。

寺山修司さんの《戦争は知らない》もありました。

「野に咲く花の 名前は知らない
だけども 野に咲く花が好き
帽子にいっぱい 摘みゆけば
なぜか涙が・・・」


三人でスマホ
ザ・フォーク・クルセダーズ
耳を澄ませた幸せなぜいたくな時間。

~・~・~

夜、ふと思いついて図書館横断検索で調べてみると
その時間帯に、その二冊の詩集を手にしていたのは
県内では、なんと!私たち三人だけなのでした。

 

なぜそんなことが言えるか?といえば
所蔵館の貸出状態がわかるからなんです。 

読書会メモ①〈宮沢賢治を読むつどい〉

昨日のうちに記録として書くはずでしたが、
ぐずぐずしていて一日遅れです。

***・・・・・・・・・・・

1月31日~2月8日までの9日間、
(定休日も含むので実質は8日間)
図書館は蔵書点検のため昨日まで臨時休館でした。

あいにく読書会の日が重なっていたのですが、
ありがたいことに、読書会のために
別のへやが用意されました。


*読書会メモ①*

宮沢賢治を読むつどい〉2月1日

12月には6人で
短編『マリヴロンと少女』と愉快な『蛙のゴム靴』を
読みました。

二ヵ月ぶりの今日は9人。
図書館の小さな「みんなのへや」では
ちょっと窮屈だったかもしれません。

初めて参加の方がいらっしたこともあり
久々に自己紹介もかねながら、
ご自宅の状況や今の想いを順に話しました。

Iさんが能登の入り口にお住まいだったことも
今回、初めて知りました。山の斜面の崩落で
県道の通行止めが続いていて、狭いう回路を通り
50分ほどもかかったそうな。


あ~だった、こうだったと
こうして声に出すことで
少しずつ元気になれる!


ほんとうに、
細川律子さんの言葉どおり
お互いにぐんと近くなって…

いつものように「星めぐりの歌
注文の多い料理店』の美しい序文
(今日の朗読者は、Iさんでした)

順に一頁ずつ輪読した作品は
『まなづるとダァリヤ』


まなづるは白いダァリヤには
やさしい声をかけるのに、
赤いダァリヤにはそっけない。

きれいだと賞賛されたい赤い花、
最後はポキリと折られた哀れな花は
ぐったりとなって。。。

コバルト硝子の光のこな、黄水晶(シトリン)の薄明穹
パラフィンの雲、藍晶石のさはやかな夜、ほのじろい霧
かがやく琥珀の波、桔梗色の薄明、

「くだものの畑の丘のいただき」を舞台にして
照明が変化し、哀しい物語が奏でられます。

***

読書会が終わってから、
Kさんから教えてもらったのは「高田郁」さん。

『あきない世傳 金と銀』の原作者だと知りました。
とびとびに3話分だけ録画してあったのを
欠落の分は想像で補いながら、先日の雨の日、
夫と一緒に見た心温かいお話です。

*残念ながら、原作の文庫本が津幡にはないので
近隣図書館で借りて読んだそうな。

新聞の投稿の出逢い

昨日、ひとつにはまとめられなくて
二つに分けて投稿した一つめの記事に
どうしても書き記しておきたい方がいます。

隣町の内灘にお住まいのむらなかさん、87歳。

一度もお目にかかったことがありませんが
2年前、ひょんなことから出逢いが生まれ
年賀状や絵手紙をいただくようになりました。

このところ新聞の投稿が途絶えていらっしゃって
地震で被災されたのではと気になっていた矢先
訃報欄にお名前がありました。


内灘町での液状化被害報道もあり
もしやの懸念もありましたが

ご家族のお話では、お家のほうは大丈夫で
夏ごろから体が衰えて入院されていたとのこと。
まるで眠るように旅立たれたとうかがいました。


車いす生活から解放されて
タンポポの綿毛のように
風にまかせて、ふわり、
とんでいらっしゃるのでしょうね。

ささやかな不思議なご縁でした。
元気をいっぱいいただきました。

https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2023/05/15/192325
綿毛のタンポポ絵てがみ
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2021/12/29/133026
愛車…つながりの思い出
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2021/12/28/210929
小納弘さんのまなざし

***

今朝6時頃、かなりの揺れを感じて身構えました。
佐渡付近を震源地とする地震で、志賀町は最大震度4。
志賀原発は大丈夫だっただろうか。


午前中、福島第一原発では、
汚染水浄化装置の排気口から5.5トンの汚染水漏れ。
放射性物質220億ベクレル(国への報告基準の220倍)の速報。
被ばくしたした人も、海への流出もないとのことですが。

10年にわたり、志賀原発が停止中で幸いだった

一昨日は風は冷たいけれど
青空が広がって、ほっとしたのもつかのまのこと。
昨日はまたもや一転、雪が降り積り
避難生活の厳しさを思うとやりきれないきもちです。

倒壊した家々、崩れ落ちた屋根、
がれきなどの災害廃棄物は
珠洲市だけでも28万トンを超え
65年分に相当するとか。

もし、この珠洲市原発が建てられていたら
さらに大変な事態になるのは明白なこと。

1976年に始まった関電、中部電力による原発計画は
2003年にようやく凍結、長期にわたる反対運動の
おかげだと心から感謝せずにはいられない。

::::::

北電志賀原発の変圧器の油漏れは
約1万9800リットル(ドラム缶100本分)


「1か月たった今も外部電源の一部が使えず、
復旧は見通せていない。

ほかにもまだ明らかになっていないトラブルがあるかも。

北陸電力はまずは変圧器と外部電源の復旧を行いつつ、
構内全域の点検を急ぎ、被害の全容を明らかにして
今後の教訓を見出していかなければ」とNHK時事公論。

::::::

小出裕章さんのインタビュー記事(中日新聞/1.30)には

 

「今回一番学ばなければいけないことは、
志賀原発が止まっていてよかったということ」

 

「100万キロワットの原発が1年間稼働すれば、広島原爆の死の灰の千発分の核分裂生成物ができる。運転中に地震に襲われるのとは全然違う」

活断層が150キロにわたって連動した可能性が指摘されている。こういうことが起きて、「想定外」だったと言う。だが、重大な結果を招く原発に対して、想定外なんて言い方はしてはいけない。世界の0.25%しかない小さな日本で、世界の地震の1割から2割が起きている。そんな場所に57基もの原発を建ててしまったことこそ誤りだったと知るべきだ」と。

::::::

一方で、北電の松田社長は

「安全面に問題はない」と再稼働を目指す方針に変更はないとしていますが

 

社民党党首の福島瑞穂さんは、過去に隠蔽した事実をふまえ、

原発の損傷状況を早急に視察する必要があると要望しています。

 

先日、友人から「失敗学会」情報を教えてもらったところです。
https://www.shippai.org/shippai/html/index.php


その【失敗知識データベース】の「原子力」に

志賀原発 臨界事故発覚》の詳細がありました。

☆HPトップ画面の下部に鎮座する宮部みゆきさんの一文がなんとも可笑しい。

「・・・。人ってのはね、昔の出来事をよく学んでおかないと、同じ過ちを繰り返してしまうんだからね」(『あやかし草子 三島屋変調百物語伍之続』より)

一月、友人との別れ

あっという間に過ぎていった一月でした。
折りたたんだ日々をどこからどう開けばいいか?

やっぱり、
相次いでこの世を去ったおふたりを偲びたい。


70歳のJさんとは
テニスをしたり、バーベキューや小旅行の思い出。
夫婦での長いお付き合いでした。
スーパーで買い物中のJさんと
ばったり会って、よく立ち話もしました。
おそらくご本人も、奥さんも、友人たちも
思いもよらなかった突然のお別れ、
あまりに悲しすぎました。

Aさんは76歳、小さな図書館の常連さんでした。
折りにふれ、愉快なお手紙やエールメールを送ってくださった。
近年は自宅で介護生活を過ごしていらっしゃったそうで
地震のときは、奥さんと息子さんで車いすを動かして
車中で一晩明かしたとうかがっていました。
二週間ほどして具合が悪くなり入院して10日後でした。

「雪がどっさり降った真夜中に電話があって…不思議に…道路がきれいに除雪してあって、会えるのに間に合わせるように~」
息子さんと駆けつけるとまもなく、まるで待っていたかのように息をひきとられたそうです。


ご家族思いで、人情味があって、誠実で、
笑顔のすてきなおふたりでした。

スウさんの「紅茶なきもち」より

今、被災地で必要なのは?
どうしたら届けられる?
私たちにできることは?

日々、新聞やテレビが懸命に伝えてくれる。
それでもまだまだ知りたい…だいじなこと…

リンクしているスウさんの「紅茶なきもち」で
リアルに知ることができてありがたいと思う。


***

キャベツ100玉、大根50本、白菜130玉、、、

炊き出し用野菜のカットのお手伝い
https://forms.gle/McX1jEJJLLQU8q227


志田弘子さん、菜の花さんのおたより


沖縄テレビの平良いずみさんの通信
https://www.otv.co.jp/okitive/article/55637/

珠洲原発をめぐるドキュメンタリー番組
能登の海 風便り」を制作した赤井朱美さんのこと

 

そして、「パレスチナに想いを」の話し合いや
「ガーダが、Eテレに出演」の情報も。

↓↓↓

12月に、21美シアターで、紅茶で、内灘で、七尾で、そしてのっぽくんで上映会した、ドキュメンタリー映画「ガーダ」の主人公のガーダさんが20日夜のEテレに出演されるそうです。(ガーダの監督、古居みずえさんのをシェア)

ETV特集「ガザ~私たちは何を目撃しているのか~」
[Eテレ] 2024年01月20日 午後11:00 ~ 午前0:00

旧津幡町立図書館の記録「ひと言・人・こと」はこちらです。