小さな図書館のものがたり

旧津幡町立図書館の2005年以前の記録です

「センス・オブ・ワンダーの図書館」と呼ばれていた旧津幡町立図書館。2001-2005年4月30日までの4年間、そこから発信していた日々の記録「ひと言・人・こと」を別サイトで再現。そこでは言い足りなかった記憶の記録が「小さな図書館のものがたり」です。経緯は初回記事にあります。

岩井文庫の中に「銀の滴降る降るまはりに」

2003年は知里幸恵さんの生誕100年でした。
そして昨日は…没後100年の命日でした。

今夜の名著は~銀の滴降る降るまわりに~

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23年前、知里幸恵さんのことを記した文があります。
図書館が開館して三年目を迎えた平成10年の暮れのことです。
津幡町文化協会の木上紫雲さんから文集の原稿をと依頼されました。
「岩井文庫の紹介もかねて…1月半ば頃までによろしく」とのことでした。
当時、菊花、写真、俳句、絵画、盆栽、川柳、詩吟、民謡、吹奏楽、版画、陶芸、囲碁、華道、水墨画、歌謡、大正琴、茶道、山草会、、、各部会の皆さんが熱心に活発に活動されている協会です。
内心、私には荷が重かったのですが、これも図書館のことを知っていただく機会と思ってお引き受けしました。木上さんのにこにこした丸いお顔、懐かしく思い出されます。


☆~岩井文庫目録づくりを終えて~☆

「銀の滴降る降るまはりに、
金の滴降る降るまはりに。」
といふ歌を静かにうたひながら
此の家の左の座へ右の座へ
美しい音をたてて飛びました。
私が羽ばたきをすると、
私のまはりに美しい宝物、神の宝物が
美しい音をたてて、落ち散りました。

 これは、知里幸恵さんという二十才(ママ)の若さで亡くなったアイヌの女性が記録したアイヌ神謡集の中の一節です。
 以前から一度読んでみたいと願っていたアイヌ語と日本語で書かれたその一冊を、岩井文庫の中に見出した時、胸が痛くなるような感動を覚えました。
 本の間には米原から金沢までの特急券が挟まれていました。岩井先生も、車中でこの本を手にされていたのではと思い巡らすと、時を共有しているような懐かしささえ感じます。
 幸恵はその序文で語っています。

「その昔此の広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活してゐた彼等は、真に自然の寵児、何と云ふ幸福な人たちであったでせう。・・・時は絶えず流れる、世は限りなく進展してゆく。…愛する私たちの先祖が起伏す日頃互いに意を通ずる為に用ひた多くの言語、言ひ古し、残し伝へた多くの美しい言葉、それらのものもみんな果敢なく、亡びゆく弱きものとともに消失せてしまふのでせうか。おおそれはあまりにいたましい名残惜しい事で御座います。…」

 彼女の存在なくしては、金田一京助博士のアイヌ語の膨大な研究は成り立たなかったかもしれない。病身の身でありながら、「口承伝承」のユーカラというアイヌ文化の魂を後世に伝えることに一人の若い女性が一身を捧げたのです。
 表紙も破れかかり、日焼けして赤茶け、ようやく本の体裁を保っているその小冊子から、気高く、健気な精神が光を放ち、幸恵の深い眼差しが語りかけてきます。

 岩井文庫は、故岩井隆盛先生(金沢大学名誉教授)の蔵書約四千冊をご家族より寄贈いただいて、図書館の事務所奥を書庫にして整理していたものです。
 図書館オープン後、間もない時期から他の図書館業務と並行した形で進めた作業なので、精神的にも大きな負担となったのは事実です。が、二年かかってようやく目録完成を迎えた今、貴重な資料を蔵書に加えてくださった岩井先生に深く感謝しています。
 図書館のスペースの関係上、福祉センターの図書室に岩井文庫として設置されますが、一部、郷土資料等は図書館で活用する」予定となっています。
 文庫は外国語も含め、種々の語学辞典、民俗学や方言など言語学の分野の専門書が殆どですが、朝鮮やアイヌに関したものなど小さな図書館では到底購入し難い資料が含まれ、求めてまで読む機会がなかったかもしれないそれらの資料に触れていただく好機となることが期待されます。

 「だれもが利用しやすい、親しまれる図書館、しかも信頼される図書館」をめざしてスタートしてから、はや二年八ヵ月が経ちました。
 平成7年の時点では、県内41市町村のうち図書館未設置町村は津幡町を含めて6町村。翌8年7月、ようやく誕生した町の図書館は、NTT事務所あとを借り受けてオープンした、しかも総床面積357㎡のまことに小さな施設で、蔵書も僅か一万二千冊でしたが、現在、ようやく三万冊近くになりました。

 図書館は基本的人権のひとつである「知る自由」を保障することについて全面的に責任を負う機関です。
 小規模館ながらも、利用者からのリクエストには何らかの形で必ず応えるという姿勢を基本にしています。どんなことでも何か知りたい時は、図書館へ来れば必要な資料や情報が得られるのだと期待され、理解されつつあることは、本当に嬉しいことです。
 本の貸出しだけで、一日平均100人を超え、雑誌や新聞を見たり、調べものに立ち寄った方などを含めるとかなりの方が図書館を利用していることになります。図書館が本と出会うだけでなく、人と人がふれあい、心通わす場ともなっています。

 真の豊かさが求められている今、図書館の果たす役割は非常に大きいものがあります。民主主義の原点と言われている図書館、今は確かに小さいかもしれませんが、その図書館を育てていくのは、私たち町民一人一人の熱い想いではないかと思います。
 皆さまお一人お一人の声を大切にしながら、整備充実を図り、共に育てていきたいと願います。
 文化協会の皆さまのお力添え、心より願ってやみません。

(『文華 第11号』(平成11年3月発行)巻頭に掲載された拙文より)

 

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いよいよ生暖かい風が吹き始めています。
台風14号、石川県には明日の未明最接近とか。
皆さまの所でもどうぞ大きな被害が出ませんように。

旧津幡町立図書館の記録「ひと言・人・こと」はこちらです。