9/4(水)「学徒援農」という言葉をご存知でしょうか。第二次世界大戦末期、戦争激化に伴い、農村の労働力減少を援助するため、20万人もの若者たちが動員され、日本最後の食料基地としての使命を担っていた北海道へと向かいました。昭和19年、津幡でも希望者を募り、津幡農学校の二年生70人が、北海道へ派遣されたそうです。当時満15歳だった山崎久雄さん(太田)も親の反対を押し切って参加、村長さん宅に泊まることになったこと、言葉の訛りで笑われたこと、夕食の献立・・・空知郡奈井江町での約3ヶ月間の日々を丹念に記録。長い年月の間にぼろぼろになったその日誌を、平成3年、山崎さんはあらためてワープロに打ちなおし、当時の新聞記事、今年ご夫妻揃っての北海道旅行の思い出と共に一冊の大切なアルバムとして整理されました。懐かしの「奈井江町」は北欧の町と姉妹提携し、今『産業と福祉の田園文化都市』となって、全国市町村から熱い視線を浴びているそうです。
☆祖濱賢太郎さん(金沢)より定期便『宇郎居抄』第15号が届きました。2章ではカタカナばやりの看板群の中にあって「春の色」など、風情のある、心惹かれる看板について述べられている。10年以上も前に橋場町界隈に、「鳥屋のとなりの焼き鳥屋」という看板があったという愉快な一文も。
☆津幡小学校だよりが届きました。今回のサイエンス欄テーマ「メダカ」です。2000匹の中から選びぬかれて宇宙体験をした「メダカ」の子孫らしい。毎日毎日増えている、との教頭先生の言葉どおり、『科学のアルバムーメダカのくらしー』(あかね書房)にも、確かにメダカは「毎日早朝産卵」とありました。
☆明日はで・あ・い講座「町を知ろう」、8時30分役場集合です。