小さな図書館のものがたり

旧津幡町立図書館の2005年以前の記録です

「センス・オブ・ワンダーの図書館」と呼ばれていた旧津幡町立図書館。2001-2005年4月30日までの4年間、そこから発信していた日々の記録「ひと言・人・こと」を別サイトで再現。そこでは言い足りなかった記憶の記録が「小さな図書館のものがたり」です。経緯は初回記事にあります。

息子のおかげで

北陸での用事のついでにと、息子が電動のこぎり持参でやってきて、庭の山茶花の垣根を次々に剪定してくれた。幹も枝も太く、高くなりすぎて、結局、シルバー人材センターでは引き受けてもらえなかった。
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2023/11/16/115401

前回、息子は一本おきに鋸で大胆に剪定した。枯れてしまうのではと心配したが、
彼の予想通り、必要な箇所に新しい枝葉たちが生き生き育っている。

 

今回は、残りの剪定作業。その日一日だけ、珍しく晴れた。
小鳥たちの隠れ家用に、二、三本だけ高いままに切らずにおこうかと
もちかけられ、それもいいね~とその気になって面白がっていたら、
電動ノコの威力であっという間にすっきり切りそろえられた。
山茶花の立派な姿を写真に収めるのを忘れていた。

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かなり年月も経っていて、廃棄処分もいたしかたないと思っていたコーヒーメーカーの修理もみごとだった。娘から譲り受けたデロンギの製品で、その底からなぜかお湯が漏れ出てくる。私たちはフィルター&陶器のドリッパーで充分なのだが、息子は自分が何杯も飲みたいからと言って、星型ネジ&ドライバーを買ってきて分解した。中にあるジャバラチューブの劣化で亀裂がはいり漏れるらしい。コメリでシリコンのチューブを買ってきてぴったりはめ込んで終了。シリコンなので10年?はだいじょうぶだと言う。

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息子に連れだって出かけた「石川県西田幾多郎記念哲学館」もよかった。
雨風の強い日で、学生さんらしき数人の他に一般の見学者はいなかった。
さまざまなイベントで何度も入っている哲学館だが、
常設展示を見学したのはこれまでに2、3回。
時間を気にせず、こんなに丁寧にゆっくり過ごしたのは初めてだった。
可笑しいくらい迷って、ひとり同じところを行ったり来たり、ぐるぐる廻った。
安藤忠雄さん設計の建物はたしかに迷路のようだった。


☆会場にあった中日新聞記事で紹介の「大震災の後に」の全文です。
https://www.chunichi.co.jp/article/762749

 

 今度の大震災にあいて、我々日本人は反省せなければならぬ多くのものを得たと思う。一には誠実ということが足らなかった。煉瓦の建物であっても、少しも手を抜かないで、誠実に手固く出来ていたものは損害が少なかったそうである。ニには有機的統一という考えに乏しかったということである。一方に堅固な建築をしても、すぐその隣に潰れて火の出るようなものがあれば、何の役にも立たない。水道があっても、それがすぐ破壊されてしまうようでは、何の頼りにもならない。三に最も大なる欠点は、深く考えて大なる計画を立てるということがなかった、何事もその日ぐらしである。我国は元来地震国であり、特にこれまでの歴史に徴して、東京は何十年目かに大地震の起る
恐れが十分ある。それに関らず、かかる恐るべき天変地異に対しても何らの深い遠慮がなかった。我国では、毎年毎年水が出て、水が出れば汽車が不通となるのが例である。それでも人はこれでならぬというものもない。なんでも喉元過ぐれば熱さを忘れるのである。 
 
 物質的文明の方ばかりではない、精神的文化の方においてもその通りである。すべてのものを捨て十年二十年、全力を尽して一つの研究に没頭するというような人が少い。のみならず、外国の書物を翻訳したり、紹介したりするにしても、一夜漬のものが多い。そのため婦人の流行を遂うが如く、いかなる思想も深く浸み込むことがない。また偶一つの学問が手に入った人であっても、その隣に何があるかも知らない。しかのみならず、自分の学問がいかなる基礎の上に立っているかも知らない。何事も目前の応用ということが主となっている。深く大きく根底から考え貫くということが乏しい。

 それから私はかかる機会において、人心がもう少し自然というものを好愛するようになったらと思う。自然と文化とは相反するものではない、自然は文化の根である。深い大きな自然を離れた人為的文化は頽廃に終るの外はない。大きな一枚の大理石から彫み出されたような文化であってほしい。我々はいつも眼の前にちらつく人為的文化にのみ憧れる必要はない。深く己の奥底に還ってそこから生きて出ればよい。

旧津幡町立図書館の記録「ひと言・人・こと」はこちらです。