小さな図書館のものがたり

旧津幡町立図書館の2005年以前の記録です

「センス・オブ・ワンダーの図書館」と呼ばれていた旧津幡町立図書館。2001-2005年4月30日までの4年間、そこから発信していた日々の記録「ひと言・人・こと」を別サイトで再現。そこでは言い足りなかった記憶の記録が「小さな図書館のものがたり」です。経緯は初回記事にあります。

ある鍛金作家との出会い(その三)~足跡

自画自賛~と笑われそうだけれど『ひと言・人・こと』は図書館の検索カレンダーとしてなかなかすぐれものだと思う。たった四年間の情報発信に過ぎないが、知りたいことをキーワードで検索すると みごとにヒットすることがしばしばあって、その便利さに我ながら感動する。

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高岡さんのことでもそれを実感した。
たしか高岡さんのことを書いたはず、そうだ!と思い当たり検索してみると、以下の記事を瞬時に探し当ててくれた。


・・・【2003.5.1(木)】・・・
☆今日、祖濱さんから届けられた「宇郎居抄」5月号を見て、思わず目をみはりました。加賀市高岡美術記念館の高岡嘉久さん(78歳)のことが記されていたのです。6年前、著書のご寄贈がご縁となって出会った方です。祖濱さんのお陰で、このところ気に掛かっていた高岡さんの元気なご様子を知ることができました。出会い、つながりの不思議に心がふわっと春色になった日。

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「宇郎居抄(うろこしょう)」は、元新聞記者だった祖濱賢太郎さんが、平成13年7月から友人・知人に向けて毎月発行していたB4の「お手紙」です。記憶にあるそのファイルをようやく見つけました。高岡さんと岡本太郎さんのつながりについてあらためて知りました。

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「宇郎居抄」(第23号平成15年(2003)5月) 祖濱賢太郎

 一度見たいと宿題のように思っていた作品を過日金沢市の明成小学校で見せてもらった。加賀市山代温泉高岡美術記念館主で金工作家の高岡嘉久さん(78)の鍛金作品「足跡」である。高岡さんは金沢駅前の木ノ新保に生まれ旧此花小学校を卒業、先代からの鉄工業界で活躍したあと作家活動に入った。母校が平成七年に統合し明成小学校となったが、母校の消える少し前に自作品を寄贈したのだ。大阪での日本万国博太陽の塔建設にたずさわり岡本太郎と出会ったことが人生の大転機となった。 芸術家と鉄工技術者の立場の違いから激論を戦わせ、そのおかげで肝胆相照らす仲となった。批判的知性をもて/人生は一期一会、そのとき思ったことを正直に吐き出さないのは卑怯/陰徳を積め/七十歳を過ぎても病気にかからないのは健康病だ/などと毒舌を地で行く人だ。「足跡」は岡本太郎のデッサンを高岡さんが鍛金で仕上げた。強烈な個性ふたりの合作だが、実にユーモラスでほのぼのと温かい作品であった。

 

 

旧津幡町立図書館の記録「ひと言・人・こと」はこちらです。