『能登 2015年冬号』の二つ目の特集は
《能登永遠(とわ)の歌びと「山下すて短歌抄」》
藤平朝雄さんの詳細な解説があります。
抜粋して紹介します。
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昭和61年(1986年)朝日歌壇に初登場したすてさんの歌は、その年だけで入選歌が40首を超え、またたく間に朝日歌壇の多くの読者をとりこにした。
歌の背後には、厳しくもやさしい奥能登の自然とくらしが見え隠れして、すてさんの短歌に能登や輪島の風土を重ねる人も多かった…三方を海に囲まれた半島「能登」をこよなく愛し、生涯のこころの拠り所とした山下すてさんは、平成11年の早春、ひそかに息をひきとった。すてさんの短歌に惹かれ、心を洗われ、生きる力をもらったという人が、今も全国各地に多勢みえる。
山下すてさんのくらしの周辺には、いつも海があり、波の寄せる海浜があり、漁港があった。町中には朝・夕の市が立ち、座業による手仕事の漆器工房は、狭い路地の奥にまで点在した。
選者らから高い評価を得たすてさんの歌は、にわかに浪漫と花が開いたわけではない。歌作の根となり幹となったのは、36年にわたる入念な俳句歴にあった。…輪島漆器にたとえるなら、長い俳句歴の下地があってこそ、後の短歌が一斉に開花した、と言えるのではないか。
一年とて、一日とて、一時とて、同じ「刻と様」が無いことを、すてさんは膚で感じていたに違いない。世の流れと季節の移ろいに身をゆだねる中で、変幻自在の織りなす天地人の妙を、誰よりも敏感に感じとっていた女人が、歌びと「山下すて」さんだ。
ことし平成27年は17回忌にあたる。すてさんの海、永久に――と祈るばかりである
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冊子発刊から9年後の今、
その結びの一文に胸突かれる思いです。
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『冬茜海に祷りの刻ありて船は母港に鳥らは沖に』
投稿3年目の昭和63年(1988年)、朝日歌壇賞を受賞、
平穏な日常を詩情豊かに詠んだすてさんの歌です。
「…鳥の渡り、潮の満ち干、
春を待つ固い蕾のなかには、
それ自体の美しさと同時に、
象徴的な美と神秘がかくされています。
自然がくりかえすリフレイン
―夜の次に朝がきて、
冬が去れば春になるという確かさ―
のなかには、かぎりなくわたしたちを
いやしてくれるなにかがあるのです…」
レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』
(上遠恵子訳/1996年/新潮社)の一節とも重なって
鎮魂歌のように深く響きます。
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今月の初め、藤平さんと電話が通じて
変わらぬ元気なお声に安堵しました。
「山下すて短歌抄」
このたった7文字が
結んでくれた出逢いの糸、です
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空飛ぶ紙ひこうき&はじめまして~藤平朝雄さん
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2002/11/24/000000
「第32回出会いの夕べ~能登優情~藤平朝雄さん」
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2003/03/07/000000
山下すてさんに繋がって&貴重な『風呂敷』&UFOかぼちゃ
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2003/05/21/000000
能登絶唱うたの旅
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2021/09/02/235909
『山下すて短歌抄』のものがたり
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2021/09/03/231508
『山下すて短歌抄』に魅了されて
https://hitokoto2020.hatenablog.com/entry/2021/09/04/111147